西東京市政にチャレンジする田村ひろゆきと、旧保谷市時代から20年近く活動する 森てるお 西東京市議会議員が対談しました。森さんは市議会議員選挙で3期連続トップ当選した実績のある方です。

田村
森さんとは私が運営していたI-CASの活動で議員インターンシップを受け入れていただいたころからのお付き合いです。まさかこういう形で一緒に活動することになるとは、思ってませんでした。
初当選した翌年、2000年から10数名の大学生を受け入れてきました。若い皆さんと一緒に活動するのは僕にとっても貴重な経験でした。田村さんはどうしてこのような活動を始めたんですか。

 

――政治を遠い存在に思っていた。これを変えたいって思ったんです。

田村
私自身、中学生・高校生の頃は政治のニュースを見ても、どこか遠い存在に思っていました。でも、大学に進学する前の春休み、近くの小金井市で活動する議員さんを紹介してもらったことをきっかけに、政治をすごく身近な存在に感じたんです。自転車で登場して、コンビニでごはん買って、といわば「フツーの人」だった。政治家と言えば、議員バッジつけて偉そうにして、裏でお金もらって料亭で食事してるようなイメージでしたから。
マスコミで報道される一部の国会議員のイメージですね。ほとんどの地方議員はそんなことないです。
田村
そうなんです。それに、地方政治のテーマって私たちの生活に身近な問題ばかり。駅前の放置自転車のこと、学校のこと、公園のこと、難しい話ではないんですね。でも、私自身も含めて政治は難しい、関係ない、そして汚いものというイメージがあって、遠い存在に思っていた。これを変えたいって思ったんです。そこで、大学入学後に知り合った仲間とともに、夏休みや春休み、学生の休みの時期を使って政治家の仕事を体験するプログラムをスタートさせました。当時から「若者の政治離れ」が言われていました。少しでも変えていければという思いでした。
活動は今でも続いているんですよね。
田村
はい。代表職はもう10年以上前に退いて、学生主体のNPOになりましたが、今でも活動には関わっています。最近では高校生向けの短期プログラムが好評で、延べ1800名ほどの大学生・高校生を送り出してきました。

田村さん自身が政治家を志したのはなぜですか。
田村
学生時代から多くの議員と交流があったので、「田村くんもいずれは?」という声は色々な人からかけられていました。ただ、当時は自分自身が政治の世界に入るのではなく、今いる政治家と若者・市民をつなぐ仲介者の役割が自分のすべきことだと思っていたので、自分自身が立候補、とは考えなかったですね。
何か変わるきっかけがあったんですか。
田村
NPOを立ち上げた当初は、自分が代表として引っ張っていく時期が続いたんですが、それが次の代に引き継がれて、学生主体の運営になった。そして私自身は大学職員として仕事を始めます。あるとき、学生から「政治のことが全然わからないから教えてほしい」と言われて、時間を取って説明したんです。そしたら、「よくわかった!」といって政治に興味を示してくれた。彼らが政治に興味を示せないのは、わかりやすい言葉で政治を語る存在がいないからではないかと思いました。
地元西東京市のことを振り返った時、選挙の投票率は回を重ねるごとに低下していました。理想論かもしれないけど、100人の市民がいたら100人の意見が反映された政治が行われるべき。それなのに、実際の選挙では4割の人しか投票に行っていない。市民と政治の距離がどんどん遠くなっているという危機感を感じました
同感です。それが、4年前の初挑戦につながるんですね。
田村
そうです。これまでは政治の外から変えようと思っていたけど、自分自身が政治の中に飛び込んで、誰よりもわかりやすい言葉で政治の現状を発信する、そうすることでこの西東京市から政治のあり方を変えたいと思って挑戦しました。
その時は僕自身が自分のことで手いっぱいで、お役に立てませんでした。残念な結果でしたね。
田村
4年前はひとえに私の力不足、準備不足だったと思います。政党の力、組織の力は選挙では強いなとも思わされました。

――市民が知らない間に行政が色々なことを進めようとしている。このままでは、まずい。

その後、田村さんは市民運動に関わったのですね。
田村
はい。選挙に出たことで、色々な方からお声かけいただき、市内の問題についても関心を深めるきっかけとなりました。そんな中、中央図書館・田無公民館・市民会館の3館を1つにする「合築複合化」案が浮上。面積が狭く駅からも遠くなるこの計画は市民にとっては寝耳に水だと、待ったをかける活動が始まり、私も参加しました。
市民が知らない間に行政が色々なことを進めてようとしている、市民参加を表面的にはうたいながら、実際には行政の既定路線に沿って進めるためのアリバイ作りになっている。西東京市のことを知れば知るほど、このままではまずいなという思いをさらに強くしたんです。そんな折、森さんからお声かけいただき、一緒に活動する機会をいただけたのは、大変ありがたかったです。
僕自身は、ずっと「情報公開の徹底」「地方政治に政党はいらない」を旗印に20年活動してきました。市民が主役、市民が主人公の行政にするためには、まずは市民にすべての情報をお渡しすること、市民に考えてもらう材料を提供することが大事だと思っています。ニュースレターを各議会が終わるたびに発行しているのもその一つです。
田村
森さんはいつも駅で配ってますよね。
いつもって言っても3か月に1回なんだけどね。でも長年やってると「いつもいる!」って思われてるみたい。

 

――田村さんは40歳になったばかり。現役世代とまちづくりを進めて欲しい。

田村
森さんは「無所属」という立場にもこだわっていますよね。
はい。政党所属の議員、あるいはバックに組織を抱えた議員がたくさんいますけど、彼らはどうしても自分の背後にある政党・組織に気を使わないといけない。自分たちの主張に合わない情報は公開しないんです。僕は都合のいいことも悪いことも全部書いちゃう。だから行政の側も「下手なことはできない」って思ってますよ。
それと、議会ってけっこう政党同士の足の引っ張り合いが多いんです。9月議会で成立した子ども条例も、もともと10年ほど前、坂口市長の時代に同趣旨の条例が準備されていました。しかし、当時「市長野党」だった自民、公明の反対で日の目を見なかった。こんな例はたくさんあります。
田村
そうなんですね。政党同士の駆け引きで決まったり、決まらなかったりでは市民にとって不幸な話ですね。
議会の中では、私のような考え方で行動する人がなかなか出てこなかったんです。なので、今回田村さんと一緒にできるのは僕にとってもうれしいです。田村さんは40歳になったばかりですよね。現役世代の市民と一緒にまちづくりを進めていける立場として、期待しています
田村
森さんと一緒に街頭での活動を始めてからもう半年が経過します。最後に森さんから何かアドバイスがあればお願いします。
そうですね、田村さんの個性というか、性格なんだと思いますけど、演説はちょっと単調というか、もっと強弱をつけて話をするといいと思いますよ。優しい感じは伝わってくるんだけど。あと、聞いている人にいかに「自分ごと」として考えてもらえるかが大事。自分の主張だけをしゃべるんじゃなくて、「皆さんはどう思いますか?」と問いかけてみるといいです。
田村
ありがとうございます。話し方はすぐに変えられないかもしれませんが、聞き手に問いかける話し方は心がけています。「皆さんにとって今の図書館は使いやすいものになってますか?」とか、「はなバスの運賃が今の150円から、180円や、200円に上がったとして、それでも今と同じように乗ろうと思いますか?」とかやってます。
ぜひ色々と工夫してみてください。僕なんかはいつも好き勝手しゃべってるから(笑)。それで勢いでチラシ受け取ってくれたりしますよ。
田村
森さんのしゃべりもぜひ今度聞かせてください。今日はありがとうございました。
こちらこそ。引き続き、がんばりましょう!

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